解決事例・コラム

2026/03/13 解決事例・コラム

家主が高齢の入居者へ取るべき対応 知っておきたい「死後事務委任契約」

家主が高齢の入居者へ取るべき対応とは
知っておきたい「死後事務委任契約」

最終更新日:令和8年3月13日 不動産 遺産相続

高齢の入居者が亡くなった際、家主はどのように対応すればよいのでしょうか。遺体の引き取り・残置物の処分・賃貸借契約の終了手続き——これらはいずれも、家主が独断で動けるものではなく、相続人や専門家との連携が必要になります。

こうした事態への備えとして、入居者が生前に締結しておける仕組みが「死後事務委任契約」です。本記事では、死後事務委任契約の概要と、家主として入居者にどのように案内・促進できるかを、実務的な観点から解説します。

1 高齢入居者が亡くなると、家主はどう動くことになるか

入居者が亡くなった場合、家主が直面する主な対応は以下の3点です。

① 残置物の処分は家主の判断で行えない

入居者が死亡しても、室内の私物(残置物)は相続財産にあたります。家主が独自の判断で処分した場合、相続人から不法行為として損害賠償を求められるリスクがあります。相続人または死後事務の受任者との合意のもと、適法な手続きを踏む必要があります。

② 相続人の確認・連絡が必要になる

身寄りのない入居者の場合、警察や自治体が身元確認を行い、引取り手がない場合には、自治体が関与することがありますが、適用される法令や運用は事案によって異なります。

残置物の処分や賃貸借契約の終了手続きは、相続人との間で進めることになります。相続人が不明な場合は、家庭裁判所で「相続財産清算人」が選任されます。

③ 手続きが完了するまで部屋を次の用途に使えない

法的手続きが完了するまでの間、部屋の原状回復や次の入居者の募集に着手できません。手続きの長期化は、空室期間の長期化に直結します。

なお、国土交通省は2021年に「残置物の処理等に関するモデル契約条項」を公表しており、賃貸借契約にあらかじめ一定の条項を盛り込むことで残置物処理を円滑にする方法も示されています。

国土交通省・法務省『残置物の処理等に関するモデル契約条項』

このセクションのポイント

  • 残置物の処分は相続人・受任者との合意が必要。家主の独断はできない
  • 相続人の調査・連絡から手続き完了まで、相応の時間がかかる
  • こうした事態への対応を事前に整えておくのが死後事務委任契約の役割

2 死後事務委任契約とは何か

死後事務委任契約とは、本人が生前に、亡くなった後の各種手続きを信頼できる第三者(受任者)に依頼しておく契約です。民法上の委任契約の一種として有効性が認められており、適切に締結されていれば、本人の死亡後も受任者が手続きを進めることができます。

委任は委任者の死亡によって終了するのが原則であるため、死後も有効な契約として成立するよう、契約内容の設計、公正証書化などを含めて慎重に作成することが重要です。

委任できる主な事務の内容は、以下のとおりです。

1葬儀・火葬・埋葬の手配
2住居の明渡し・残置物の処分
3親族等関係者への連絡
4医療費・施設利用料等の精算・支払い
5行政機関への各種届出
6遺品整理・デジタルデータの処分
7ウェブサービスの解約等

受任者は、弁護士・司法書士・行政書士などの専門家が担うケースと、信頼できる知人・友人・パートナーが担うケースがあります。口頭でも契約は成立しますが、実務上、公正証書で作成することが望ましいです。公正証書であれば、関係機関への提示時の信頼性も高まります。

なお、遺産の分配(誰に何を相続させるか)については、死後事務委任契約ではなく遺言書で対応する必要があります。「手続きの担い手を決める契約」と理解しておくと整理しやすいです。

このセクションのポイント

  • 死後の手続きの担い手を、生前に契約で決めておく仕組み
  • 住居の明渡し・残置物の処分も委任内容に含めることができる
  • 公正証書での作成が、対外的な信頼性・実効性の面で望ましい

3 死後事務委任契約があると、家主側の対応はどう変わるか

入居者が死後事務委任契約を締結している場合、家主にとって実務上の対応がどう変わるかを整理します。

変わること① 連絡先・窓口が明確になる

入居者の死亡を確認した時点で、受任者(専門家等)が窓口として機能します。「誰に連絡すればよいかわからない」という状況を回避できます。入居時に受任者の氏名・連絡先を把握しておけば、初動対応がスムーズになります。

変わること② 残置物処分・明渡しの手続きが進みやすくなる

受任者が委任内容に基づき、残置物の整理・住居の明渡しを進めます。家主が相続人を探し回ることなく、手続きの相手方が確定します。

変わること③ 法的手続きのリスクが下がる

専門家が受任者になっているケースでは、残置物処分や契約終了手続きが適法に行われる可能性が高く、家主が不法行為責任を問われるリスクが低減します。

ただし、未払い賃料の回収・原状回復費用の請求は、死後事務委任契約とは別問題です。未払い賃料や原状回復費用の請求先は、原則として相続人です。相続人の存在が明らかでない場合などには、相続財産清算人の選任申立てを検討することになります。死後事務委任契約の内容に賃料の精算が含まれているケースもありますが、個別に内容を確認する必要があります。

このセクションのポイント

  • 受任者が窓口になることで、家主の初動対応が格段にスムーズになる
  • 残置物処分・明渡しが円滑に進み、空室期間の長期化を防ぎやすくなる
  • 未払い賃料・原状回復費用は別途対応が必要な点に注意

4 入居者が契約を締結しているか、家主はどう確認するか

現状、死後事務委任契約の締結状況を家主が公的に照会できる制度はありません。確認するためには、入居者本人から申告してもらう方法が現実的です。

実務上の対応例は以下のとおりです。

  • 入居申込書に「死後事務委任契約の有無」「受任者の氏名・連絡先」の記載欄を設ける
  • 入居契約時に、公正証書の写しや受任者情報を任意で提出してもらう
  • 契約更新時に情報を更新してもらい、常に最新の状態を把握しておく

いずれも任意の申告に基づくものですが、入居審査・入居後の管理において、万が一の際の連絡先を把握しておくことは家主にとって実務的な安心材料になります。

このセクションのポイント

  • 公的な照会制度はなく、入居者本人からの申告が前提
  • 申込書や更新時に確認欄を設けることが実務上の対応策
  • 受任者の連絡先を把握しておくことが、初動対応の鍵になる

5 入居者に契約の締結を案内するには

死後事務委任契約は有用な備えですが、その締結を一律の入居条件として機械的に求めることには慎重であるべきです。個別事情によっては、条項の有効性が問題となる可能性があります。ただし、入居案内・契約時・更新時の面談等を通じて、その重要性をわかりやすく伝えることは可能であり、入居者本人にとっても有益な情報提供になります。

本人メリットを中心に伝える

「万が一の際の手続きの担い手を決めておくことで、ご自身の意思が尊重されます」という点を前面に出すと受け入れられやすいです。

周囲の負担軽減も添える

「住居の明渡しや残置物の整理がスムーズに進むことで、周囲の方々の負担が減ります」という視点も有効です。

専門家への相談を具体的に案内する

弁護士・司法書士・行政書士等の専門家に相談することを勧め、地域の士業団体等の相談窓口情報を合わせて案内すると、入居者が次の一歩を踏み出しやすくなります。

早めの行動を促す

認知症が進行してからでは、契約の有効性が問われるリスクがあります。「判断能力があるうちに」という点を、やわらかく、しかし明確に伝えることが大切です。

このセクションのポイント

  • 義務化はできないが、本人・周囲へのメリットを伝えての案内は有効
  • 専門家への相談窓口を合わせて案内すると、入居者が動きやすくなる
  • 「認知症になる前に」というメッセージを早めに、やわらかく伝えることが重要

6 よくある質問(FAQ)

入居者が亡くなった直後、家主はすぐに室内に入って荷物を片付けてよいですか?

家主が独断で残置物を処分することはできません。ただし、安否確認や警察立会いのもとでの室内確認など、必要な範囲で立ち入ることが許される場合はあります。残置物の処分・財産管理については、相続人または受任者(死後事務委任契約がある場合)と協議のうえ、適法な手続きを経て対応する必要があります。対応に迷った場合は、まず弁護士等の専門家に相談することをお勧めします。

死後事務委任契約があれば、未払い賃料も受任者が支払ってくれますか?

基本的には別問題です。死後事務委任契約は「手続きの担い手」を決めるものであり、未払い賃料や原状回復費用の請求先は、原則として相続人です。相続人の存在が明らかでない場合などには、相続財産清算人の選任申立てを検討することになります。死後事務委任契約の内容に賃料の精算が含まれているケースもありますが、個別に内容を確認する必要があります。

死後事務委任契約を締結していない入居者への対応は、どうすればいいですか?

締結していない入居者が亡くなった場合は、まず自治体・相続人と連絡をとり、残置物処分・明渡しの手続きを相続人との合意のもとで進めることになります。相続人が不明・対応不能な場合は、弁護士等に依頼して法的手続きをとる必要があります。こうした事態に備えるためにも、入居前・更新時の案内が重要です。

入居者が死後事務委任契約を締結しているか、どうやって確認すればいいですか?

公的な照会制度はありません。入居申込書・契約時に本人から申告してもらい、受任者の氏名・連絡先を把握しておくことが現実的な方法です。公正証書として作成されている場合は、その写しを任意で提出してもらうことで内容を確認することができます。

まとめ

高齢の入居者が亡くなった際、家主が直面する主な問題は「残置物を勝手に処分できない」「相続人の調査・対応に時間がかかる」「手続き完了まで部屋を使えない」の3点です。

死後事務委任契約は、こうした状況を入居者の側であらかじめ手当てしておくための仕組みです。家主にできることは、入居審査・契約時にその有無を確認し、締結していない入居者には専門家への相談を早めに案内することです。

入居者が安心して暮らせる環境を整えることは、長期的・安定的な賃貸経営の基盤にもなります。ぜひ、入居者への案内のひとつとして活用してください。

高齢入居者への対応、ご相談ください

「入居者への案内はどう伝えればいい?」「申込書に盛り込める確認事項は?」

高齢入居者への対応に関するご相談は、当事務所へお気軽にどうぞ。

▶ お問い合わせはこちら

© 弁護士法人市ヶ谷板橋法律事務所