2026/08/20 解決事例・コラム
賃料増額請求と家主のメリット
1 賃料増額請求とはどのような手続きか
建物の賃料は、契約時に定めた金額のまま固定され続けるわけではありません。借地借家法32条1項建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。では、土地・建物に対する租税その他の負担の増減、土地・建物の価格の上昇・低下その他の経済事情の変動、近傍同種の建物の賃料水準との比較などの事情により、従前の賃料が不相当となった場合に、当事者が将来に向けて賃料の増額又は減額を請求できる旨が定められており、家主・賃借人のいずれからも主張できる仕組みになっています。なお、一定の期間賃料を増額しない旨の特約がある場合には、その定めが優先されます。
もっとも、家主が増額後の賃料を通知したからといって、家主が示した金額がそのまま確定するわけではありません。賃料増額請求権は、意思表示が相手方に到達した時点から、客観的に相当と認められる額について将来に向かって効力を生じると解されていますが、その相当額について当事者間で争いがある場合には、最終的には裁判手続等を通じて確定されることになります。賃借人が増額に応じない場合、原則としてまず調停を申し立てる必要があり、調停で解決しない場合には訴訟に移行するという手続の流れになります。訴訟では、不動産鑑定士による鑑定評価書や近隣の賃料資料、従前の賃料改定の経緯などをもとに相当賃料が争われ、事案によっては裁判所による鑑定が行われることもあり、これが鑑定費用・弁護士費用という形でまとまった経費につながります。
なお、裁判等により従前の賃料額を超える増額が確定した場合、賃借人は、既に支払った額に不足する分について、年1割の利息を付して支払う必要があります。
2 「数万円のために100万円」は本当に割に合わないのか
賃料増額請求の相談を受けていると、「月々数万円の増額のために、なぜそこまでの経費をかけて争うのか」という疑問を持たれる方は少なくありません。単純に増額分と手続費用だけを比較すれば、たしかに数年分の増額差額を経費が上回ってしまうケースもあります。しかし、家主側の実際の関心は、月々の家賃差額そのものよりも、物件全体の収益性・資産価値にあることが多く、この視点の違いが「割に合うかどうか」の評価を大きく左右します。
毎月の家賃差額と手続費用を単純比較する視点。増額幅が小さければ「わざわざ訴訟までしないだろう」という見通しになりやすい。
賃料水準が物件の収益還元価格に連動するという前提に立ち、増額による資産価値全体への影響まで含めて経費との見合いを判断する視点。
収益物件の売買価格は、収益還元法により、その物件が将来生み出す純収益を基礎として求められることがあります。そのため、賃料水準の引き上げは、将来の純収益を高める要因となり、収益還元法による物件評価や売却価格にプラスに作用する可能性があります。物件の収益性や還元利回り、市況等によっては、こうした資産価値への影響が、鑑定費用や弁護士費用を考慮してもなお経済的なメリットをもたらす場合があります。
3 エグジットを見据えた家主の視点
不動産投資に携わるオーナーほど、賃料増額を単発の収入改善策としてではなく、将来の売却(エグジット)を見据えた戦略の一部として位置づける傾向があります。この視点に立つと、賃料増額請求が持つ意味は次の3点に整理できます。
賃料増額により収益性が向上した場合、その効果が収益還元評価を通じて売却時の査定額に反映される可能性がある。
既存の賃借人が任意に退去した場合には、その後の新規募集において市場水準に応じた賃料を設定できる可能性があり、物件全体の収益性に影響することがある。
鑑定費用・弁護士費用は、目先の増額分に対する費用ではなく、物件全体の評価額を維持・向上させるための投資として計上される。
4 賃借人側が注意すべきポイント
以上のような家主側の視点を踏まえると、賃借人が「増額幅が小さいから、家主が訴訟までして争うことはないだろう」という見通しを軽々しく相手方に伝えることには注意が必要です。家主にとってのメリットは月々の増額差額にとどまらないため、経費倒れを理由に増額請求を諦めるとは限りません。
賃借人側としては、増額の当否・相当な賃料水準について的確に主張・反論することが重要であり、「経費に見合わないはずだ」という見通しだけに依拠した対応は、交渉・訴訟の結果を見誤るリスクがあります。なお、賃料の相当性自体は、あくまで租税その他の負担の増減、土地・建物価格その他の経済事情の変動、近傍同種の建物の賃料水準、従前の賃料額が定められた経緯その他の個別事情に基づいて判断されるべき問題であり、家主のエグジット戦略の有無によって適正賃料の額そのものが左右されるわけではありません。
まとめ
賃料増額請求は、月々の増額差額だけを見れば手続費用に見合わないように映ることがあります。しかし、収益物件のオーナーにとっては、賃料水準が物件の収益還元評価・将来の売却額に影響を及ぼす可能性があるため、事案によっては鑑定費用や弁護士費用を考慮してもなお経済的なメリットが生じることがあります。賃借人・家主のいずれの立場であっても、増額請求の当否や相当賃料の水準については、個別の事情を踏まえた専門的な検討が必要です。
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