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2026/05/07 お知らせ

人材が競争力をつくる─中小企業が取り組む人的資本経営のポイント

人材が競争力をつくる─中小企業が取り組む人的資本経営のポイント

最終更新日:令和7年4月17日 企業法務

人的資本経営とは、人材を企業価値創造の源泉と捉える経営のあり方です。人材への投資を通じて、企業の持続的な成長を実現します。上場企業だけの話と思われがちですが、そうではありません。採用難・人材不足が深刻化する今、中小企業こそ取り組むべき経営課題です。本コラムでは、大企業にはない強みを活かした実践ポイントを解説します。

1 人的資本経営とは何か

「人的資本経営」の本質はシンプルです。人財を企業の最も重要な資産と位置づけること。一人ひとりが存分に力を発揮できる環境を整えること。つまり「人財を活かして成長する経営」です。

投資家・社会からの要請

まず一つ目の背景は、投資家・社会からの要請です。かつて人件費は「コスト」と見なされていました。しかし近年は違います。従業員の知識・スキル・経験も、無形資産として企業価値に直結すると評価されるようになりました。そのため、2023年3月期からは上場企業に対し、人的資本情報の開示が義務化されています。

働く人の意識の変化

一方で、働く人の意識も変化しています。求職者が重視するのは企業規模や売上ではありません。「自分の価値観に合う会社か」「社会貢献を実感できるか」「成長できるか」が選択基準になっています。つまり、知名度がなくても、自社の個性を打ち出せれば優秀な人財は集まります。

人的資本経営が注目される2つの背景

  • 投資家・社会からの要請:人材が企業価値を生む無形資産として評価される時代へ
  • 働く人の意識の変化:「自分の価値観に合う会社」「社会貢献を実感できる会社」「自分が成長できる会社」が選ばれる時代へ

2 よくある誤解を解く

人的資本経営への関心が高まる一方、誤解も広がっています。中小企業経営者が陥りやすい二つを整理します。

誤解①「上場企業が株主に説明するための取り組み」

人的資本経営の本質は、従業員がいきいきと働ける環境を整えることにあります。企業の持続的な成長につなげるためのものです。上場・非上場を問わず、すべての企業に求められる考え方です。「うちは上場していないから関係ない」という姿勢は、本質を見誤っています。多くの中小企業経営者は重要性を理解しています。しかし「自社で何をすべきか」「何から始めるべきか」という次の一歩を踏み出せていないのが現実です。

誤解②「ダイバーシティ推進やSDGsへの対応」

女性管理職比率や男性育休取得率が注目されるあまり、「人的資本経営=多様性推進」と短絡的に受け取られがちです。もちろんこれらも重要な要素です。しかし、人的資本経営の本質は企業価値を高めるための人財戦略にあります。単なる社会対応のアピールではなく、経営の根幹に関わる問題として捉えることが重要です。

3 中小企業の強み「フレキシビリティ」を活かす

大企業にはない柔軟性と裁量の大きさ

大企業には多くの制約があります。多層的な役職構造、縦割り組織、多数の会議。意思決定に時間がかかり、挑戦しにくい環境です。一方、中小企業はこうした制約が少ないです。状況に応じた柔軟な対応が可能です。

「やりたい仕事があれば部署を越えて挑戦できる」「新規事業を提案して実現できる」「若手でも大きな仕事を任せてもらえる」。こうした機会は、中小企業だからこそつくりやすいです。個人が自らキャリアを設計する時代において、この柔軟性は採用における大きな武器になります。

経営者のコミットメントが即座に現場を動かす

さらに、経営者のコミットメントが組織全体に直結するスピード感も強みです。経営者が本気で取り組むと決めれば、その意志は即座に現場に伝わります。組織全体を一気に動かすことができます。この機動力こそが、大企業には真似のできない中小企業最大の武器です。

中小企業だからこそ持てる強み

  • 部署を越えた挑戦・新規事業提案など、個人の裁量が大きい
  • 若手でも責任ある仕事を任せてもらえる環境をつくりやすい
  • 経営者が本気でコミットすれば、その意志が即座に現場全体を動かせる機動力がある

4 実践の出発点:人財戦略の明確化

「自社らしさ」の軸を定める

人的資本経営を「自分事」として捉えたとき、最初の一手は「人財戦略の明確化」です。施策を闇雲に展開しても効果は出ません。重要なのは軸を定めることです。「自社が何を重視するか」「どんな人財を大切にするか」を明確にします。優先領域に集中することで、他社にはない独自の魅力が生まれます。

「自社らしさ」の発信が採用力につながった事例

あるブライダル企業の事例があります。「低賃金でハードワーク」というイメージが業界に定着していました。しかしこの企業は違うメッセージを発信し続けました。「お客さまの人生の重要な節目に関わる、意義深い仕事」という価値です。結果として、人気企業ランキングで大手を上回りました。自社の「らしさ」を戦略として打ち出すことの力を示す好例です。

人財戦略の明確化:3つの問い

  • 自社は何を最も重視する会社か?
  • どんな働き方・どんな人財を大切にするか?
  • 他社にはない自社の「らしさ」は何か?

5 従業員エンゲージメントの把握と強化

人財戦略の軸が定まったら、次に取り組むべきは「エンゲージメントの強化」です。エンゲージメントとは、従業員が会社に対して抱く主体的な貢献意欲のことです。企業価値や組織パフォーマンスとの関連性が指摘されています。

まず現状把握から始める

まず現状を把握することが必要です。最もシンプルな方法は、自由記述式のアンケートです。従業員が率直に意見を述べられる環境を整えます。すると、組織の課題や潜在的な不満が見えてきます。さらに、ウェブ上のエンゲージメント測定ツールも有効です。「いきいきと働けているか」「成長を実感できているか」といった項目で、部署ごとの状況を可視化できます。

平均値ではなく「ばらつき」に注目する

ただし、スコアの「平均値」だけで判断しないことが重要です。たとえば経営者5点・管理職3点・一般社員1点の場合と、全員3点の場合を比べます。平均はどちらも3点です。しかし前者には階層間で深刻な意識の乖離が存在します。そのため、変動の背景と階層間のばらつきを慎重に読み解くことが鍵です。

加えて、オーナー企業では従業員の意見を聞かないケースが少なくありません。従業員の声に真摯に耳を傾ける姿勢そのものが、すでに人的資本経営の実践です。

エンゲージメント把握の3ステップ

  • ステップ1:自由記述アンケートや測定ツールで現状を可視化する
  • ステップ2:平均値だけでなく、階層間のばらつきと変動の背景を分析する
  • ステップ3:把握した課題をもとに改善策を立て、継続的にモニタリングする

6 トップが方向性を示し、現場を巻き込む

経営トップの役割はメッセージの発信

経営トップが果たすべき最大の役割は、明確なメッセージを発信することです。「積極的に人的資本経営に取り組む」という意思表明です。これはトップにしかできない仕事です。このスタンスが中小企業の人的資本経営の成否を大きく左右します。

ただし、具体的な施策をトップがすべて決めるべきではありません。むしろ、従業員と議論を重ねることが大切です。「3年後をどういう状態にしたいか」という未来像を共に描きます。そのプロセスが「人事ポリシー」を形づくります。完璧な計画は最初から不要です。方向性を定め、実行しながら改善を重ねていけば十分です。

部門横断で「自分事」にする

また、人的資本経営で成果を上げている企業には共通点があります。「現場を巻き込む力」です。人事部門だけで進めるのではなく、製造・開発・営業など全部門を検討段階から巻き込みます。そうすることで施策への納得感が高まります。取り組みが「他人事」から「自分事」へと変わっていきます。

大企業ではHRBPという各部門に寄り添う人事機能が広がっています。一方、中小企業では専任担当を置く必要はありません。各部門のキーパーソンに推進役を兼務してもらうだけで十分です。現場の声を施策に反映させることが重要です。

経営トップが方向性を示し、従業員の声に耳を傾け、共につくり上げる。このアプローチこそが、真に効果的な人的資本経営を実現する鍵です。

7 情報発信が採用市場での競争力をつくる

自社の取り組みを外部に積極的に発信することも重要な戦略です。開示義務がないからこそ、あえて発信する企業が差別化できます。

「可視化指針」を参考に発信内容を整理する

まず参考になるのが、上場企業向けの人的資本「可視化指針」です。人財育成・エンゲージメント・採用・ダイバーシティ・健康安全などの開示項目が示されています。自社が力を入れている取り組みを、これを参考に具体的に提示することが有効です。

採用ホームページとSNSが主戦場

次に、発信の主戦場は自社の採用ホームページとSNSです。求職者は必ず企業のホームページを訪れます。会社の価値観や雰囲気を読み取ります。そのため、具体的な「成長できる環境」を示すことが重要です。キャリアアップの仕組み・新規事業提案の柔軟性・育成への投資などを伝えます。求職者が最も気にするのは「この会社で自分は成長できるか」です。その答えを明確に示せる企業が採用市場で勝ち抜きます。

結果として、地方の中小製造業や建設業でも可能性はあります。「人材を大切にする会社」という魅力を確立できれば、大企業から転職してくる優秀な人材を獲得できます。人的資本経営に多額の投資は必要ありません。自社の魅力をどう定義し、いかに伝えるか。その工夫が、やがて大きなリターンとなって返ってきます。

内閣官房「人的資本可視化指針」では、7分野にわたる開示項目が示されています。非上場企業もこれを参考に情報発信に活用できます。
▶︎ 内閣官房「「人的資本可視化指針」の改訂について」

よくある質問(FAQ)

中小企業でも人的資本経営に取り組む必要がありますか?

はい。上場企業だけの課題ではありません。採用難・人材定着に悩むすべての企業に求められる経営姿勢です。むしろ中小企業こそ効果が出やすい環境にあります。意思決定が速く、経営者の本気度が直接現場に伝わるからです。

人的資本経営は何から始めればよいですか?

まず「自社が何を重視し、どんな人材を大切にするか」という軸を定めることが出発点です。次に、エンゲージメント調査で現状を把握します。そのうえで、課題に応じた施策を優先順位をつけて実行します。完璧な計画よりも、小さく始めて改善を続ける姿勢が重要です。

エンゲージメント調査はどのように実施すればよいですか?

まずは自由記述式のアンケートから始めると負担が少ないです。ウェブ上には簡易測定ツールも提供されています。実施後は平均値だけでなく、階層ごとのばらつきに着目します。継続的にモニタリングし、結果を施策に反映させる仕組みをつくりましょう。

人的資本情報の開示は中小企業にも義務がありますか?

現状では、有価証券報告書での人的資本情報の開示義務は上場企業に限られており、非上場の中小企業には法的な義務はありません。ただし、採用市場での競争力強化や取引先・金融機関からの信頼獲得という観点から、自社の採用ホームページやSNSで積極的に発信することが戦略的に有効です。

まとめ

人的資本経営とは、人材を企業価値創造の源泉と捉え、一人ひとりが力を発揮できる環境に投資し続ける経営のあり方です。中小企業には、意思決定の速さ・柔軟性・経営者の本気度が現場に直結するスピード感という、大企業にはない強みがあります。まず自社の人財戦略の軸を定め、従業員の声に耳を傾けることから始めましょう。人材を起点とした経営姿勢が、採用力・定着率・業績のすべてにつながっていきます。

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就業規則の整備・人事制度の適法性確認・ハラスメント防止規程の策定など、人的資本経営の実践には法的な確認が必要な場面が多くあります。当事務所では、企業の人事・労務に関する法律相談を承っております。

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監修者情報

監修者:弁護士 板橋晃平

所属:東京弁護士会

取扱分野:相続、企業法務、不動産、離婚・男女問題、労務問題、その他一般民事

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