2026/05/14 労務問題
カスタマーハラスメントとは?改正労働施策総合推進法で対策が義務化
カスタマーハラスメントとは?改正労働施策総合推進法で義務化される企業対策と支援職が知るべき実務ポイント
令和8年(2026年)10月1日、改正労働施策総合推進法が施行され、カスタマーハラスメント(カスハラ)対策がすべての事業主の法的義務となります。パワハラ・セクハラ対策と並ぶ法律上の義務化は、企業の人事・労務担当者はもちろん、EAP機関や産業カウンセラーなど産業領域で働く支援者にとっても、自らの業務を直接規律するルールです。定義・3要件・10の措置義務から、精神疾患のある顧客への対応、支援職自身が被害を受けた際の実務、重要判例まで、実務に必要な知識を体系的に解説します。
1 カスタマーハラスメントの定義と3要件
確定指針(令和8年10月1日施行)は、カスタマーハラスメントを次のとおり定義しています。
「①顧客等の言動であって、②その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの」
この定義は①から③のすべてを満たす必要があります。各要件の詳細は以下のとおりです。
重要な注意点
- 顧客等からの苦情のすべてがカスハラに当たるわけではない
- 障害者が合理的配慮を求めること、または社会的障壁の除去を必要としている旨を表明すること自体は、カスハラには当たらない
2 「許容範囲を超える」言動の具体例
要件②をより具体的に理解するために、言動の内容と手段・態様の両面から典型例を押さえておきましょう。
カスハラに該当するか否かは、言動の目的・経緯・状況、業種・業態・業務の性質、言動の態様・頻度・継続性、労働者の属性・心身状況、行為者との関係性等を総合的に考慮して判断します。一義的に決まるものではなく、個別事案ごとの丁寧な判断が求められます。
3 発生状況――厚労省調査が示す現状
厚生労働省の令和5年度「職場のハラスメントに関する実態調査報告書」は、カスハラがいかに深刻な問題となっているかを数字で示しています。
過去3年間にカスハラに関する相談があったと回答した企業の割合は27.9%に上ります。さらに、相談があった企業のうち実際に該当事案があったと回答した割合は86.8%と、パワハラやセクハラを上回る非常に高い水準です。また、相談件数が「増加している」と回答した企業割合は23.2%で、「減少している」(11.4%)を大きく上回っており、カスハラは他のハラスメントとは異なり、明確に増加傾向にあります。
業種別では、医療・福祉が53.9%と最も高く、次いで宿泊業・飲食サービス業(46.4%)、不動産業・物品賃貸業(43.4%)が続きます。医療・福祉領域での相談割合が5割を超えているという事実は、EAP機関や産業カウンセラーなど支援職を守るための組織的対策が急務であることを示しています。
4 根拠条文:改正労働施策総合推進法 第30条の2
カスハラ対策の法的根拠は、改正労働施策総合推進法(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律)第30条の2です。
同条は、事業主に対し、職場において顧客等から受ける就業環境を害する言動に関して、労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じることを義務付けています。
施行日は令和8年(2026年)10月1日です。義務主体は「事業主」であり、相談機関やEAP機関もこの義務の対象に含まれます。対象行為は、暴行・脅迫・ひどい暴言・著しく不当な要求等、就業環境を害する言動です。違反した場合には、パワハラ防止法と同等の法構造のもと、行政指導・勧告の対象となります。
5 指針が定める10の措置義務
事業主が講じなければならない具体的な措置は、指針において10項目が定められています。
なお、事業主には労働者のカスハラ問題への関心と理解を深めるための研修実施等の責務があり、労働者にも関心と理解を深め、事業主の講ずる措置に協力する責務が課されています。
6 外部相談機関(EAP等)の位置付けと役割
指針は、事業主が相談窓口として外部の相談機関を活用することも適切な取組であると明示しています。これにより、EAP機関は単なる任意のサービス提供者ではなく、企業の措置義務遂行における重要な外部委託先として正式に位置付けられました。
EAP機関は、外部相談窓口としての機能を担う一方で、自組織自身も事業主として同等の措置義務を負っていることを忘れてはなりません。相談と称した性的言動や長時間の攻撃的言動はカスハラの定義②③に該当し、相談機関も事業主として措置義務を負います。
7 相談対応・判断基準・グレーゾーン
実務において最も難しいのが、カスハラに該当するか否かのグレーゾーンの判断です。主要なケースを整理しておきましょう。
暴行・傷害等の身体的攻撃は、1回であってもカスハラに該当します。脅迫・恫喝・暴言等の精神的攻撃についても同様です。過剰要求の繰り返しや長時間の拘束も、継続性・執拗性が認められれば該当します。
軽微な言動の繰り返しは、単発では許容範囲内でも、継続・執拗になると該当し得ます。感情的な言動も、怒りの表明にとどまれば必ずしもカスハラではありませんが、その態様・程度・継続性によっては該当することがあります。また、相談と称した長電話も、支援の範囲を著しく逸脱し継続する場合は該当し得ます。
正当な苦情・クレーム、サービスへの不満の表明、制度・手続きについての質問は、それ自体はカスハラではありません。
8 精神疾患のある顧客:合理的配慮とカスハラの関係
支援職にとって特に重要なのが、精神疾患・障害のある顧客への対応です。障害者が不当な差別的取り扱いをしないよう求めること、または社会的障壁の除去を必要としている旨の意思を表明すること自体は、カスハラには当たらないとされています。
しかし実務では、合理的配慮の提供とカスハラへの対応の線引きが難しい場面が少なくありません。整理すると次のように区分できます。
(カスハラではない)
・コミュニケーション手段の調整
・サービス利用上の配慮依頼
・制度的配慮の申し出
(個別判断が必要)
・病状起因の繰り返し確認
・支援者同伴でも続く不安
・制度上不可能への強い要求
・医療判断が必要な訴え
(対応・断りが可能)
・脅迫・恫喝・威圧的言動
・性的言動(対面・電話・SNS)
・他利用者への攻撃・妨害
・配慮範囲を超えた過剰要求
障害者差別解消法は「その実施に伴う負担が過重でない限り」合理的配慮を求めており、精神的・身体的安全への重大な脅威は「過重な負担」に当たり得ます。相談員の安全確保は、合理的配慮の提供義務を免責し得る事情として認められます。
対応フロー
状況の把握・記録
言動が単発か継続かを確認し、日時・内容・状況を記録する。
合理的配慮の検討
支援者・家族との連携を含む配慮の可能性、対応方法の変更可能性を検討する。
組織として判断
上司・チームへ報告し、カスハラか配慮かを複数人で判断する。
対応の実施
カスハラと判断した場合は代理対応・利用制限を、配慮と判断した場合は方法の調整と記録を行う。
記録と組織判断が最大の防衛手段
- 「どのような言動があったか」「どのような対応を取ったか」「組織として検討したか」を記録する
- 後の安全配慮義務の証拠となると同時に、適切な合理的配慮の提供記録にもなる
- 単独判断は避け、必ず複数人・組織として判断する
9 支援職自身が被害を受けた場合の対応
心理職・相談員がカスハラ被害を受けた際の実務対応は、3つのステップで整理できます。
STEP 1:その場の即時対応
安全確保を最優先し、その場を離れる権限があることを自覚する。電話や会話の遮断も可能。直ちに上司・責任者へ報告し、日時・言動・状況の記録を作成する。
STEP 2:組織的対応への移行
利用規約・ガイドラインの対応基準を確認し、代理対応・担当交代を活用する。相談窓口・スーパーバイザーへ報告し、必要に応じて弁護士・外部専門家へ相談する。
STEP 3:法的措置の選択肢
民事上の損害賠償請求、接触禁止の仮処分、刑事上の暴行・脅迫・名誉毀損罪等による告訴、インターネット上の発信者情報開示申立てが選択肢となる。
最重要原則
- 暴力行為やセクハラ行為を受けた場合は、すぐに現場監督者に事案を引き継ぐ
- 一人で対応しないことが最も重要な原則
10 カスハラ関連の重要判例
実務上の体制整備を考えるうえで、裁判所の判断を知っておくことは欠かせません。代表的な3件を紹介します。
判例① NHKサービスセンター事件(東京高裁 令和4年11月22日)
コールセンター従業員がわいせつ電話・暴言被害を繰り返し受け、安全配慮義務違反等を根拠に損害賠償を請求した事案です。裁判所は、使用者側が事前にルールを策定・周知していたことを理由に安全配慮義務違反を否定しました。ルールの明文化と周知が安全配慮義務履行の鍵となるという教訓を示した判例です。
判例② 甲府地裁 平成30年11月13日
保護者の理不尽な言動に対して校長が教諭を一方的に非難し謝罪させた事案です。裁判所は、根拠のない部下への非難や単独対応の指示等を複数の安全配慮義務違反と認定し、校長および設置自治体に損害賠償責任を認めました。管理者の不適切対応が使用者責任を生じさせるという教訓を示した事例です。
判例③ 東京地裁 平成30年11月2日
小売店従業員が顧客トラブルで会社を提訴した事案ですが、会社が入社時テキスト・サポートデスク・深夜2名体制等を整備していたことが評価され、相談体制が十分整備されているとして安全配慮義務違反が否定されました。平時のルール化・相談体制・複数対応の整備が安全配慮義務を果たす鍵であることを示しています。
3件の判例に共通する教訓
- 平時のルール明文化・周知が安全配慮義務履行の証拠となる
- 管理者の不適切対応(単独対応指示・根拠なき叱責)は使用者責任を生じさせる
- 相談体制・複数対応体制の整備が安全配慮義務を果たす鍵
まとめ:今すぐ取り組むべきこと
令和8年(2026年)10月1日の施行まで、残された時間は多くありません。
カスハラ対策は、同日から企業の法的義務となります。まずは、カスハラの定義を正確に理解し、要求内容または手段・態様の不相当性を判断できる体制を整えることが重要です。
企業に求められる措置義務は10項目に及び、特に「悪質カスハラ対処方針」の策定・周知は、実務上重要な対応となります。また、精神疾患のある顧客への対応では、合理的配慮の提供義務とカスハラ対応義務を区別して検討する必要があります。
外部委託先として支援を行うEAP機関・相談機関も、事業主として自組織の体制整備が求められます。ルールの明文化、相談体制の整備、複数名で対応する仕組みづくりを進めることが、安全配慮義務を果たし、従業員を守ることに繋がります。
よくある質問(FAQ)
カスタマーハラスメント対策は中小企業も義務の対象ですか?
改正労働施策総合推進法に基づく措置義務は、企業規模にかかわらずすべての事業主が対象です。令和8年10月1日の施行後は、中小企業も含め、相談窓口の設置や対処方針の策定・周知等の10の措置を講じることが法的に義務付けられます。
顧客から強い言葉でクレームを受けました。これはカスハラになりますか?
強い言葉でのクレームがすべてカスハラに当たるわけではありません。カスハラと判断されるには、①顧客等の言動であって、②社会通念上許容される範囲を超えており、③労働者の就業環境が害される、という3つの要件をすべて満たす必要があります。正当な苦情や感情的な不満の表明は、態様が一定の範囲内であればカスハラには当たりません。個別事案ごとに、言動の内容・手段・頻度・継続性等を総合的に考慮して判断します。
EAPやメンタルヘルス相談機関も「事業主」としての義務を負うのですか?
はい。指針は外部相談機関の活用を適切な取組として明示していますが、EAP機関や相談機関自身も、自組織が雇用するカウンセラー・相談員を保護するための措置義務を負う「事業主」です。利用者から相談員が受ける不当な言動に対して、自組織としての対処方針の策定・周知・相談体制の整備等が必要です。
精神疾患のある利用者が繰り返し暴言を言ってきます。対応を断ってよいですか?
障害者が合理的配慮を求めること自体はカスハラではありませんが、継続的な暴言・脅迫・威圧的言動は、精神疾患の有無にかかわらずカスハラに該当し得ます。障害者差別解消法も「過重でない限り」合理的配慮を求めており、相談員の精神的・身体的安全への重大な脅威は「過重な負担」に当たり得ます。まず記録を残したうえで、単独で判断するのではなく、上司・チームで複数人により判断することが重要です。
カスタマーハラスメントに関するご相談
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