2026/02/19 解決事例・コラム
遺言と異なる遺産分割協議:基礎と実務をわかりやすく解説
遺言と異なる遺産分割協議:基礎と実務をわかりやすく解説
最終更新日:2026年2月17日
よく起こる背景:遺言どおりに分けられない事情が出る
遺言は「揉めないため」に作られることが多い一方で、相続開始後に事情が変わっていることもあります。介護や同居の負担、事業や自宅の維持費、預貯金の管理状況など、遺言作成時に想定していなかった事情が表面化します。
このとき「相続人全員が納得する分け方」を探りたくなりますが、遺言の文言次第で、分け直しの発想そのものを切り替える必要が出ます。特に、遺贈なのか「相続させる」趣旨なのかで、放棄の扱い、分け直しの手順、登記原因や税務上の扱いが変わります。
判断の全体像:2類型×2つの着地点
混乱が起きやすいのは、次の両極の思い込みです。
- 遺言があっても協議で自由に上書きできる
- 「相続させる」趣旨の遺言は一切動かせない
実務ではこの中間に多くのケースがあり、遺言の型と当事者(相続人か第三者か)により、手続の着地点が分かれます。
- 受遺者が相続人:遺贈放棄(民法986条)→(結果として)相続人間で遺産分割協議へ
- 受遺者が第三者:相続人間の遺産分割協議だけでは処理できないため、「遺贈の放棄」または「受遺者からの移転(贈与・売買・交換等)」を交渉
- 原則:死亡時に直ちに承継(最高裁の枠組みが参照される)
- 分け直し:遺産分割に戻すより、取得後に移転(贈与・売買・交換等)として登記原因・課税関係まで組み直しが必要になりやすい
前提の点検:分割禁止(民法908条)と遺言執行者(民法1013条)
分割禁止が付いていないか(最長5年)
遺言者は、遺言で遺産分割の方法を指定したり、相続開始の時から5年を超えない期間を定めて遺産分割を禁止できます(民法908条)。遺言本文に「分割を禁止する」等の条項がないか、最初に確認が必要です。
外部リンク:民法908条(遺産の分割の方法の指定及び遺産の分割の禁止)
遺言執行者がいる場合:相続人だけで進めると無効になり得る
遺言執行者がいる場合、相続人は相続財産の処分など遺言の執行を妨げる行為が制限され、違反行為が無効となる場面があります(ただし善意の第三者に対抗できないとされます)(民法1013条)。遺言と異なる処理を相続人だけで進める前に、執行者の関与(同意・手続窓口)を確認する必要があります。
外部リンク:民法1013条(遺言執行者がある場合の相続人の行為)
当事者が「相続人だけ」で完結するか(第三者受遺者の有無)
遺産分割協議は、原則として共同相続人(相続人)の合意で成立する枠組みです。受遺者が第三者の場合、相続人間の協議だけで第三者の遺贈(権利)を処理できません。
そのため、着地点は「遺贈の放棄」または「受遺者からの移転(贈与・売買・交換等)」として、登記原因・課税関係まで組み直す設計になります。
型の違い:遺贈(民法986条/989条)と「相続させる」趣旨
遺贈:遺贈放棄で整理しやすい
「不動産をAに遺贈する」などの遺贈では、受遺者は遺言者死亡後に遺贈を放棄できます(民法986条)。受遺者が相続人であれば、放棄後に相続人間の遺産分割協議により分け直す導線が比較的明確です。
外部リンク:民法986条(遺贈の放棄)
遺贈放棄のやり直し:原則として撤回できない
遺贈については、承認や放棄は撤回できないとされています(民法989条)。正式に遺贈放棄をしてしまうと、「気が変わった」だけでは戻せないのが原則です。
外部リンク:民法989条(撤回及び取消し)
なお、取消しが争点になり得るのは、詐欺・強迫など意思表示の瑕疵が問題となる場合です(個別事情で結論が変わるため、放棄前に慎重な検討が必要です)。
「相続させる」趣旨:分け直しは取得後に移転する発想になりやすい
「相続させる」趣旨の遺言は、特段の事情がない限り、死亡時に直ちに承継される枠組みが参照されます。これを前提にすると、分け直しは「遺産分割に戻す」よりも、取得後に移転(贈与・売買・交換等)として登記原因・課税関係まで組み直す必要が出やすい点が実務上の要所です。
税務:国税庁タックスアンサー(No.4176)と民法907条/908条の役割
国税庁タックスアンサー(No.4176)の基本整理
遺言と異なる分け方をした場合に「贈与税がかかるのでは」と心配されがちです。この点について、国税庁タックスアンサー「遺言書の内容と異なる遺産分割」(No.4176)は、一定の前提の下で、原則として贈与税の課税が生じない整理を示しています。
外部リンク:国税庁 タックスアンサー No.4176(遺言書の内容と異なる遺産分割)
民法907条と908条:税務の根拠条文と分割禁止は別論点
条文番号は役割が異なります。タックスアンサー(No.4176)の「根拠法令等」には民法907条(遺産の分割の請求等)が掲げられています。一方、遺言で分割を禁止できる制度は民法908条(分割の方法指定・分割禁止)です。
外部リンク:民法907条(遺産の分割の請求等)
第三者受遺者は、税務だけでなく民事の構造が変わる
タックスアンサー(No.4176)は、受遺者が相続人である場面を前提に説明されています。受遺者が第三者の場合は、相続人間の遺産分割協議だけでは完結せず、「遺贈の放棄」または「受遺者からの移転」として登記原因・課税関係まで組み直す設計が必要になり得ます。
国税庁の質疑応答事例
国税庁の質疑応答事例でも、遺言と異なる分割と贈与税の関係が説明されています。条文整理(民法907条/908条の位置づけ)を確認する材料にもなります。
遺留分との関係:協議で調整したい場面が多い
「遺言どおりにすると遺留分の問題が出そうなので、協議で落としどころを作りたい」というケースは多いです。
遺留分侵害額請求が現実化する前に、関係者と財産を棚卸しし、遺言の型に応じて「放棄で整理できるのか」「取得後の移転設計になるのか」を見極め、合意内容を文書化して進めると手戻りが減ります。
手続順序:協議で整えるチェックリスト
遺言と違う分け方をする場合、「公平だから」で進めると後から揉めます。最低限、次の順で点検します。
ステップ1 型と制約を確定する
- 遺贈か「相続させる」趣旨か
- 分割禁止(民法908条)があるか
- 遺言執行者がいるか(民法1013条の制約が出るか)
ステップ2 当事者を確定する(第三者受遺者の有無が鍵)
- 相続人の確定(戸籍収集)
- 受遺者が相続人以外にいるか
- 執行者がいる場合の手続窓口・同意の要否
ステップ3 対象財産を確定する
- 不動産、預貯金、有価証券、保険金、事業用資産などの棚卸し
- 名義、評価資料、処分制限の有無の確認
ステップ4 合意書と順序を組み立てる
- 誰が何を取得するかの明確化と文書化
- 不動産がある場合、登記原因と添付書類の検討(取得後移転の場合は登記原因が変わる)
- 相続税申告が必要な場合、国税庁タックスアンサー等の整理も踏まえ、申告と登記の順序まで含めて検討する
関連記事(内部リンク):相続に関するコラム一覧
要点整理:迷いやすいポイントと安全な進め方
遺言があるのに「みんなで公平に分けたい」というケース自体は珍しくありません。ただし、遺言の型が遺贈なのか「相続させる」趣旨なのかで、放棄の扱い、分け直しの手順、登記原因・税務上の扱いが変わります。
特に、受遺者が第三者の場合は遺産分割協議だけで完結せず、遺贈の放棄または受遺者からの移転として整理する必要が出やすい点が重要です。さらに、遺言執行者がいる場合は、相続人だけで遺言と異なる処理を進めると無効となる場面があるため、最初に執行者の関与を確認します。
結論を急がず、型・当事者・制約(分割禁止・執行者)・税務の順に点検し、手続順序を整えて進めることが重要です。
- 裁判所公表PDF(「相続させる」趣旨の枠組みに言及):courts.go.jp
- 民法(e-Gov法令検索・民法907条/908条/986条/989条/1013条の条文確認):laws.e-gov.go.jp
- 国税庁 タックスアンサー No.4176:nta.go.jp
- 国税庁 質疑応答事例(遺言書の内容と異なる遺産の分割と贈与税):nta.go.jp
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