2026/02/13 解決事例・コラム
デジタル遺言書とは何か:来たる民法改正に向けて徹底解説
デジタル遺言書とは何か
来たる民法改正に向けて徹底解説
最終更新日:令和8年2月10日
1 問題の背景:なぜ今、遺言制度の見直しなのか
デジタル遺言(保管証書遺言)が注目される背景には、遺言を残したいニーズの増加と、現行制度の実務上の課題があります。
まず、自筆証書遺言の方式要件の厳格さです。全文・日付・氏名の自書や押印など、形式のわずかな不備で無効となるリスクがあり、 高齢の方や身体機能に制約がある方にとって、方式を満たし切る負担は小さくありません。
次に、遺言書が発見されにくい問題があります。自宅保管の遺言は、相続開始後に見つからない、特定の相続人により隠匿・破棄されるなどのリスクが現実に生じ得ます。
さらに、検認手続の負担も典型論点です。公正証書遺言を除き、家庭裁判所での検認が必要となる場面があり、相続手続の初動が遅れる要因になり得ます。
こうした課題を踏まえ、法制審議会民法(遺言関係)部会で検討が進み、令和8年1月20日に要綱案が取りまとめられています。
- 現行制度の課題は方式リスク・発見されにくさ・検認負担
- 要綱案は令和8年1月20日に取りまとめ(法務省公表)
- 制度の本質は単なるデジタル化ではなく真正性確保の設計にある
2 法律上の位置づけ:要綱案とは何か
要綱案は確定した法律ではないという点には注意が必要です。一般に、法改正は中間試案の公表と意見募集を経て要綱案が整えられ、 その後に答申・法案化・国会審議・成立・施行というプロセスをたどります。
今回も、まず令和7年7月15日に中間試案が公表され(法務省)、その後の検討を踏まえて令和8年1月20日に要綱案が取りまとめられています。
したがって、令和8年2月10日現在、デジタル遺言(保管証書遺言)は要綱案段階であり、国会審議等で内容が修正される可能性があります。 本記事の解説についても、あくまで現時点の要綱案に基づくものであって、実際に法律が施行される段階では変更される可能性がある点にご注意ください。
- 要綱案は改正の設計図であり確定法ではない
- 令和8年2月10日時点では利用できない
- 国会審議等で内容が変わる可能性がある
3 デジタル遺言(保管証書遺言)の全体像:何が新しくなるのか
「デジタル遺言」という呼び方が先行していますが、要綱案の中心は、普通方式遺言として新たに追加される保管証書遺言です。 スマホやパソコンで作って保存すれば有効という単純な仕組みではない点に注意が必要です。
要綱案の狙いは、法務局(遺言書保管官)の関与を前提に、本人確認と意思確認(口述等)を制度内に組み込み、遺言の真正性と手続の安定を高めることにあるようです。
また、紙だけでなく電磁的記録(デジタルデータ)も想定される点が特徴ですが、ファイル形式、電子署名の方式、提出方法などは省令委任により今後具体化される予定のため、細かい形式は現時点では不明です。
- 新設されるのは普通方式の一種である保管証書遺言
- 単なるデータ保存ではなく法務局関与で真正性を担保する設計
- 電磁的記録の細部は省令で具体化される予定
4 想定される手続の流れ:作成から死亡後まで
要綱案から読み取れる「想定フロー」を時系列で整理します。
ステップ1 遺言内容の作成(紙/電磁的記録)
遺言者が遺言の全文を用意します。電磁的記録の場合は電子署名を前提とする整理が見込まれますが、どの電子署名を用いるか等は今後の制度設計に依存します。
ステップ2 保管申請(法務局)
遺言者が遺言書保管官に対し保管申請を行います。申請に係る遺言書は、省令で定める方法により作成されたものであることが求められる方針のようです。
ステップ3 本人確認(原則出頭 例外的に映像+音声)
本人確認は原則として出頭を基本としつつ、一定の場合に「映像と音声の送受信により相互に状態を認識しながら通話できる方法」(ZoomやGoogle Meetのようなシステム)による手続が想定されています。 ただし、不当な影響のおそれがあると認められる場合などには出頭が相当とされ得るため、オンライン完結が常に保証される制度とは言い切れません。
ステップ4 口述(全文の読み上げを含む意思確認)
保管証書遺言の特徴として、遺言者が全文を口述する(読み上げる)趣旨の手続が置かれています。ここも映像+音声の手段が想定される一方、 本人確認と同様に不当な影響のおそれ等の留保が付されます。
ステップ5 保管(原本保管/ファイル記録)
法務省が管理・保管することが想定されています。紙の場合は原本を保管し、電磁的記録の場合は遺言書保管ファイルに記録する仕組みが考案されています。
ステップ6 死亡後(閲覧・証明書・通知)
相続開始後、相続人等は閲覧や証明書交付を請求でき、閲覧等がされた場合に他の相続人等へ通知する仕組みが想定されています。 また、保管証書遺言書については検認規定の適用除外が明記されているため、検認は不要となります。
- 作成→申請→本人確認→口述→保管→死亡後の閲覧等という流れ
- オンライン手続は例外的運用となる可能性があり留保がある
- 保管証書遺言は検認不要と整理されている
5 既存の遺言方式との比較:何がどう変わるのか
要綱案の射程は保管証書遺言の新設にとどまらず、既存方式の要件緩和(押印要件の見直し等)も含みます。
自筆証書遺言:押印要件の見直し(自書要件は残る)
要綱案では自筆証書遺言の押印要件を削除する方向が示されています。 ただし、全文・日付・氏名の自書という骨格は維持されるため、「自筆証書遺言がWordで作成できるようになる」という理解は正確ではありません。
秘密証書遺言:押印要件の見直し
秘密証書遺言も押印要件の見直しが示されていますが、実務上の利用頻度は高くないため、影響は事案により異なります。
公正証書遺言との違い(誤解防止)
公正証書遺言は公証人が関与し、方式面だけでなく内容の適法性確認も含めて進むため、一般に無効リスクを抑えやすい方式です。 一方、保管証書遺言は遺言者が内容を自ら作成する余地が大きい反面、法務局関与により本人確認と意思確認プロセスを制度化する、という性格の違いが想定されます。公正証書遺言は内容面の安全性で依然有力な選択肢となりえます。
- 押印要件の見直しがあっても方式要件が消えるわけではない
- 自筆証書遺言は自書要件が残るため方式リスクが残存
- 公正証書遺言は内容面の安全性で依然有力な選択肢
6 典型的に起こるトラブルと争点化ポイント
新制度が導入されても「争いが消える」わけではありません。むしろ、争点は形を変えて残ります。 要綱案の設計を踏まえると、少なくとも次の論点は実務上問題化し得ます。
オンライン手続の限界:介入疑いがあると出頭へ
映像+音声による手続が想定されても、不当な影響のおそれ等がある場合には出頭が相当とされ得ます。 たとえば特定の相続人が同席し支援している状況は、介入の疑いを生みやすく、運用上オンライン希望でも出頭を求められる局面があり得ます。
意思能力は残る争点:保管官は医師ではない
本人確認や口述が制度化されても、それだけで意思能力が当然に証明されるわけではありません。 遺言無効の典型争点(意思能力、錯誤、詐欺・強迫、不当な影響の有無等)は、なお事後的に争われ得ます。
電磁的記録の真正性:作成段階の不正リスク
法務局に保管されれば保管後の改ざんリスクは下がる一方、保管申請前の作成・端末管理・電子署名手続等の局面で、 本人以外の関与や混乱が入り込む余地は残ります。ここは省令・運用が具体化される領域です。
家族の納得がなければ紛争は起こる
通知の仕組みが整っても、遺言内容が相続人にとって予想外であれば、遺留分侵害額請求や遺言無効確認等に発展し得ます。 法的有効性と家族の納得は別問題であり、紛争予防には事前の説明や設計が不可欠です。
- オンライン手続は無条件ではなく疑義があれば出頭になり得る
- 意思能力争いは残り得る(制度利用で自動証明にはならない)
- 電磁的記録は作成段階の真正性が新たな注意点になる
7 実務上のポイント:制度施行後に備える視点
ここからは、制度が将来施行された場合を見据え、実務上あらかじめ押さえておくと整理しやすい視点をまとめます。
方式要件は形を変えて残る:簡単になるのではなく選択肢が増える
「押印不要」「デジタル可」という情報だけが一人歩きすると、方式要件がなくなるかのような誤解が生じます。 実際には、保管申請・本人確認・口述など、別種の要件が制度内に置かれる設計です。
意思確認の周辺資料:争いを見越した準備
遺言内容が法定相続分と大きく異なる場合や、特定の相続人に偏る場合は、事後的に争われやすくなります。 判断能力が懸念される場合には、医師の診断書等の資料を確保しておく、説明の経緯を残すなど、紛争化を見据えた準備が重要です。
更新・撤回の運用:最新版管理が実務課題になり得る
遺言は作り直しが可能であり、保管制度が整備されるほど更新が容易になる可能性があります。 その分、どれが最新版か、旧版が撤回されているかを家族・関係者が誤解しない運用が必要になります。
高齢者支援と中立性:誰がサポートするか
電子的手続には一定のIT対応が必要で、高齢者にとっては第三者支援が不可欠になり得ます。 しかし、相続人の一部が支援すると介入疑いを生みやすいため、中立的な専門家の関与が紛争予防として有効な場面が増える可能性があります。
- 制度は簡素化ではなく選択肢拡大であり方式要件は残る
- 紛争予防には意思能力資料や説明経緯の確保が有効
- 支援者の中立性が介入疑いを避ける観点で重要になる
8 今できる備え
現行制度での選択肢
- 公正証書遺言:確実性を重視する場合の第一選択肢になりやすい
- 自筆証書遺言:費用を抑えやすい反面、方式リスクがある
- 自筆証書遺言保管制度:自宅保管の弱点(紛失・隠匿等)を軽減し、検認不要の枠組みがある
財産と家族関係の整理
遺言の前提として、財産目録(不動産、預貯金、有価証券、保険、負債等)と家族関係の整理が不可欠です。 特に不動産や事業承継は争点化しやすく、早期に専門家へ相談して設計しておくことが紛争予防につながります。
- 現行でも公正証書遺言や自筆証書遺言保管制度で備えられる
- 不動産や家族関係が複雑な場合は早期の設計が有効
参考資料
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